Call me Iqo.Pls!

月→土とバリキャリ勤務の妻を持つ小心者の夫。2012.09.01→2013.04.15まで一回目の育休取得。育児記録用のブログです。2017.09.01より二回目の育休取得予定。

7月20日はナツオの日。ナツオ5歳の誕生日。

7月20日は記念すべき日である。

長男ナツオの誕生日であり、私が親になった記念日である。

7月20日生まれだからナツオ。

名前の響きといい、由来といい、とても気に入っているので本名にしたかったのだが、あまりにも安直すぎるということで妻に却下されてしまった。

 

思い起こせば5年前。

破水から始まったお産であった。

深夜3時に破水をした妻に起こされてからが長かった。

いつだって冷静沈着な妻。

病院に連絡して破水を伝えて受け入れ準備をしてもらう。

オロオロしている私を横目に「行くよ。」の一言。

流しのタクシーはなく、かといって呼ぶのももったいないからということで15分近くかけて病院まで歩いていく。

この人はいつだってバリキャリである。

 

破水したものの陣痛がなかったのでとりあえずベッドで陣痛待ち。

私はあまりにも退屈と寝不足気味だったので「ちょっとだけラクーア行って休んできていい?」と駄目もとで尋ねたら本気で激怒されたのもいい思い出である。

(そして懲りない私はレンタ@5ヶ月の出産時も同様のことを訪ねて同様に激怒されたのであった)

 

結局その日は陣痛が来なかったので翌日に陣痛促進剤を注入することに。

陣痛促進剤を注入してもなかなか子宮が開かず苦しむ妻。

そこへ義父が妻の枕元へやってきて一言。

「なんだ、まだ産まれてないのか。ゴルフ行けば良かったな。今から打ちっぱなし行ってこようかな。」

痛みにもだえ苦しんでいる妻は大激怒。

「早く帰って。今すぐ帰って。」と義父を追い返す。

妻の周りはろくでもない男ばかりである。

 

そして子宮が開いて分娩室へ。

18時頃にようやくナツオと対面。

破水してから40時間弱の長丁場であった。

 

ナツオと初対面したときは不覚にも泣いてしまった。

何とも言えない感動に包まれた。

その時に抱いた率直な思いは「これでいつ死んでもいいかな。」。

「息子の為にも長生きしなきゃ。」とは真逆の思いだが、不思議とそんな思いが込み上げてきた。

遺伝子を残せた本能的な安堵感なのだろうか。

妻がいる限り息子の生活はなんとかなるし。

 

そんなナツオも今日で5歳。

もうただの子どもである。

嬉しいような寂しいような。

 

世の中はGNP(義理・人情・プレゼント=贈りもの)でまわっているというのが信条の私。

ナツオのおかげ、子を持ったおかげでその大切さを再認識している。

不寛容な社会にも確実に存在している個人の優しさ。

見ず知らずの誰もが優しいし、いつも誰かが助けてくれる。

電車の中で、駅で、お店の中で、道ばたで。

天の邪鬼な私はナツオという存在がなかったら、自分が困っても「自業自得だよな…」と一人で困り続け、困った人がいても「関係ないから、関係ないから」と見て見ぬふりをしていたであろう。

ただのクソ野郎である。

子どもとお出かけをしているとたくさんの優しさに助けられていく。

笑顔で助けてくれる人もいれば、無愛想なおじさんやいかっちい兄ちゃんが無言で助けてくれる。

私にできるのは感謝の言葉を述べることと恩送りくらいである。

 

誕生日ディナーはナツオの希望により手巻きずしとのこと。

回転ずしに行くと7枚は食べるほどの寿司好き。

今夜もたくさんたくさん食べてくれるのだろう。

気持ちのいい食べっぷりを楽しみにしよう。

 

上司はみんな小さな子どものパパさんということもあり、子どもが関わる催事に関しては非常に理解のある職場。

ぬかりなく「7月20日は息子の誕生日なんですよね。」と昼食時にちょいちょい挟んできたので根回しはばっちり。

今日はさっさと退社し、息子の誕生日をふり返る為の記録用に雑誌ナンバーを買って帰ろう。

いつかスポーツでふり返っていく息子の誕生日ってのも悪くないだろう。

 

5歳を迎えてますますやんちゃに、生意気になっていくだろう。

間違った方向にいきそうになったら力づくで正しい方向に矯正していくので、とりあえずはまっすぐに育ってくれればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷製パスタにホタテステーキにと、我が社のバーベキューはもはや社風である。

土曜出勤の代休を取り先週の金曜日に前々部署のバーベキュー大会に参加してきた。

先日のブログにて紹介したバーベキューは別次元のバーべキューであり、もはや、豪華な野外パーティーであった。

 

iqo720.hatenablog.com

 

今回はまた違う部署であり、料理人は当然いない、いわゆる普通のバーベキューである。

しかし、やっぱりレベルというかこだわりが異常に高い。

これはもはや社風なのであろう。

 

今回も会場はお台場の潮風公園

もはや私と息子にとってお台場はバーベキューの聖地である。

緑が多く、アーバンリゾートとはこのこと。

 
f:id:iqo720:20170718065010j:image

 

到着早々ビールサーバーが待っていてくれた。

やっぱりビールは生である。


f:id:iqo720:20170718065220j:image



平均年齢が30歳未満の若い部署。

そこのOBが主催ではあるが若い人が多い。

胃袋と肝臓に死角はない。

食材がそして大切なお酒が軽トラからどんどん運びこまれてくる。


f:id:iqo720:20170718065342j:image

 

私も手伝おうとするものの、なかなか手伝わせてくれない。

参加者60名中50名以上は初めましての私。

中堅及びOBしか知らないのでそちらと話しをしていると、

若手が「子連れで来るくらいだからそこそこのOBだろう」と勘違いして「手伝いはいいっす。とりあえず飲んでいてください」となる。

申し訳ない。

 

そしてバーベキュー開始。

子どもはナツオ含めて2人しかいないこともあり、

ちやほやされるナツオ。

色々な人がナツオに美味しい料理を持ってきてくれる。

最初は緊張していたナツオも胃袋を掴まれてしまったらもうあっちのもの。

ひたすら食べて食べて食べる。

 

今回のバーベキューはバーベキュー好きによるバーベキュー好きの為のバーベキュー。

その為に料理人はいないものの、そこは我が社。

やっぱりただのバーベキューではなかった。

 

メインは北陸から取り寄せたホタテ、ホタテ、ホタテ。
f:id:iqo720:20170718065458j:image

ホタテのステーキを豪快に楽しむ。

あまりの肉厚さ、あまりの美味しさ、そして子どもという特権を駆使してナツオは3枚も食べていた。

 
f:id:iqo720:20170718065538j:image

 

主食は冷製パスタ!

豪快に湯を沸かし、フレッシュなトマトをあえていく。


f:id:iqo720:20170718065637j:image

 

肉類であぶらっぽくなってきた体に冷たく優しく染みわたる味。
f:id:iqo720:20170718065713j:image

 

絶品。

もういくらでも食べられる。
f:id:iqo720:20170718065601j:image

やっぱりバーベキューの締めは冷製パスタだよ。

と錯覚に襲われそうになるが、やっぱりそんなわけがない。

バーベキューの定番は焼きそばのはず。

しかし部署に関係なく、会社関係のバーベキューで焼きそばを食べた記憶がない。

常に想像を越えた料理が提供されてくる。

しかも超絶美味。

もはやこれは社風なのだろう。

 

「常識にとらわれるな!」

「やるからには徹底してやれ!」

「お客様の想像を越えた感動を提供しろ!」

 

そんなDNAがバーベキューから伝わってくる。

もしや社長直轄のBBQ推進特命係長なんてのがいて、バーベキューの話を聞きつけてはレクチャーしているのだろうか。

だとしたらいい会社である。

 

お酒が入れば入るほど人は陽気になり、気がつけばナツオはみんなの遊び相手になっていた。

鬼ごっこをしたり、野球をしたりとたくさん若い男女に遊んでもらっている。

それを眺めて楽しむおじさんな私。

ナツオをだしにして若い男女がキャッキャしているのが羨ましい。

子ども好き、世話好きを異性間でアピールしているようでほのぼのしてくる。

「あいつって意外と面倒見がいいんだな。」

「子ども相手に一生懸命でちょっとかっこいいじゃん。」

なんて「BOYS BE…」なドラマが始まりそう。

若いって素晴らしい。

 

楽しかったバーベキューもあっという間に終了。

今回も10分足らずで撤収作業は終了!

片付けは誰もがテキパキ。

もちろん私も全力で少年のように頑張る。

いつ見ても、どのバーベキューに参加してもこの片付けのテキパキさは素晴らしい。

グダグダ感が一切ないので気持ちよく終われる。

 

秋まではまだまだバーベキューシーズンが続いていく。

今度はどんなバーベキューにお呼ばれされるんだろう。

もう次のバーベキューが待ちきれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

イクオの一日。【2人目生後5ヶ月編】

本日をもってレンタ@4ヶ月から@5ヶ月へアップグレード。

ようやく表情が出てきたので可愛らしくなってきた。

赤ちゃんは存在そのものが可愛いのはわかっているが、泣いてばかりでは味気ない。

つくづく愛嬌ってのは大事だとレンタ@5ヶ月を見ていて思う。

我以外皆我師の言葉どおり赤ちゃんから学ぶことも多い今日この頃。

 

ここで毎月の記録用に一日の生活を記しておく。

 

【5:30~7:00】

レンタのおっぱいを求める声で起きる。

ただし、最近はぐっすり眠れていることもあり、自然と5時台に目覚めることも。

ブログ読んだり日経読んだり本読んだりと充実した朝活を送れていることが多い。

 

  

【7:10】

ナツオを起こす。

相変わらずレンタ大好きのナツオ。

 

今も変わらず、目覚めたら寝ぼけた頭と体でレンタに抱きつく。

そしてレンタが泣きだすというサザエさんのようにドタバタした朝。 

 

  【8:00】

出社。

 

  【8:40】

会社に到着。準備をして仕事開始。

妻はナツオを保育園へ送っていく。

徐々に妻が仕事を再開しており、レンタを連れてそのまま出勤することもしばしば。

 

 

【20:00】

帰宅。

第1四半期作業によりプチ繁忙期。

しかし、育休取得へ向けての引き継ぎが主ということもあり、

がっつり残業は無くなってきた。

後輩に指示を出したら強制退社させられる。

そして翌朝チェックの繰り返し。

後輩達も小さいお子さんのパパさんばかり。

お先に帰るのは実に忍びない。

耐えがたきを耐えて帰る毎日。

ふり返っちゃだめだ。

  

【20:30】

妻がレンタを連れて寝室へ。

授乳させながら寝かしつけて行く。

その間に私とナツオはテレビ観賞。

相変わらずAmazonTVに無我夢中のナツオ。

おもちゃを紹介しているyoutubeをたくさん見ていることもあり、

「僕、ゆーちゅーばーになる」なんて言い出す日もすぐか。

 

 

【21:10】

ナツオと一緒に就寝。

 

ヒアリニュースのおかげでアリにびびっているナツオ。

それに便乗してアリの恐怖を教えてくれる動画(アリが小動物を骨だけにしてしまうyoutube等)を見せつけてナツオを洗脳。

「早く寝ないとアリがやってきてナツオを襲っちゃうかもよ。」

なんて言っているので最近はおとなしく寝てくれている。

3歳前後の時は「鬼がきちゃうよ。」なんて言っていたことを思い出す。

  

 

レンタの授乳感覚が長引いてきたことと、育休を前にしてストレスフリーになりつつある精神状態(9月からは仕事のことは忘れられる!今だけだ!)のおかげで最近は朝までぐっすり。

規則正しい生活を送れてきている。

 

この一カ月を振り返ると、ポジティブなことを発信し続けてきたことがポジティブなこととして返ってきていることを実感。

最近アメフトに興味があると雑談していたら、その話が巡り巡って今まで話したこともないというか認識されていなかったであろう他部署のとても偉い人に呼び出され、何かと思ったらアメフト経験者らしく、アメフトについて延々と語ってくれた。

そのおかげで気軽に挨拶もできるようになり、仕事もやりやすくなっている。

また、パクチー好きだと公言していたらカルディやらコンビニやらでパクチー関連の新製品が出てくるたびに色々な人からおすそわけされたりお土産としていただくようになった。

昨年は「プロレス好き」という話がこれまた巡り巡って会社の偉い人にまで届き、黄金カードが組まれた大会のチケットが一枚余ったからということでお伴する機会に恵まれた。

もともと「いい人」が多い会社ではあるが、「好きなこと」を発信し続けてきたことで誘われたり、モノをいただいたりとポジティブな結果として返ってきている。

嫌いなモノやコトについて話してもせいぜい共感を得られるくらいだが、好きなモノやコトについて話すと(エレベーターやうっかり帰りが一緒になったときの沈黙対策ではあるが)、それが巡り巡ってくる。

そりゃ自分のできるささいなことで誰かが喜んでくれるならば私だって動いちゃう。

発信してきたことがいつの間にか収穫期を迎えているなと感じたこの一カ月。

まだまだ世の中は優しさで溢れている。

 

そんなこともあり、ナツオには「美味しい時には美味しい!楽しい時には楽しい!って明るく元気に言いいな。そうするともっと美味しいこと、楽しいことがやってくるかもしれないよ。」と教えている。

もっともっと世の中に優しが溢れていくように。

 ナツオ@4歳もあと一週間でナツオ@5歳に。

ますます生意気盛りとなっていくがまっすぐに育ってくれればそれでいい。

 

来月はレンタも生後6カ月。

世間ではハーフバースディだが2人目だしレンタには無縁だろうか。

そして「イクオ、育休取るってよ。シーズン2」まで、いよいよ1カ月弱。

しかし第1四半期の忙しさはこれから。

しっかり仕事を引き継ぎつつも子ども達とがっつり遊んで夏の思い出を積み上げていきたい。

 

いつの間にか祖母が亡くなっていたというやるせなさ。

行政書士法人からの手紙で祖母の死を知るとは…。

 

帰宅すると一通の書留が机の上に。

差出人は某行政書士法人

まったく身に覚えがないものの、私宛の手紙に間違いはない。

何か事件に巻き込まれてしまったのか、それとも事件への招待状なのかと不思議に思いながら封を開けると、それはこれから始まるであろう全面戦争への赤紙であった。

 

手紙のタイトルは、「遺言執行者就任のご通知」。

拝啓から続く本文は、「この度は●●××様(祖母の氏名)のご逝去の報に接し、うんぬんかんぬん。」

もう目が点である。

えっ?

遺言?ご逝去?

いつの間におばあちゃん亡くなったの?

もうただただ驚くばかり。

 

まさかこんな形で祖母の死を知るなんて。

しかも、書類をよくよく読んでいくと亡くなった日は書かかれていないものの、遺産の残高証明書から推測すると5月上旬。

もう2ヶ月も前である。

いつの間にか亡くなり、日程的に四十九日も終わっているよう。

まじか。

まじかよ、おばあちゃん。

 

最期に会ったのはもう2年前。

父(祖母にとっての息子)の葬儀以来である。

それ以後は伯母の意向で四十九日にも参加せず、お正月に訪ねるも会わせてもらえず、電話もつながらず、レンタの出生報告の手紙を郵送するも何の音沙汰もなしであった。

 

父と伯母はたいそう仲が悪く、昔から喧嘩ばかりであった。

主な原因は父が何かと用をつけては祖母から小遣いをせびっていたので、面白くなかったよう。

祖母は昭和一ケタ世代の女性らしく、炊事、洗濯、掃除以外は何もできず、ATMさえ使えないくらい。

そこにつけこんだ父が何かと理由をつけてはお金をおろしては遊ぶ金に使っていた。

私よりも若い愛人と海外に行ったり、パチンコに使ったり。

我が父ながら愚の骨頂である。

そんな父も亡くなり、たまりにたまっていた鬱憤なのか、父の息子である私と弟に姉弟喧嘩の矛先がやってきてしまった。

 

祖母を囲いこみ、祖母の家にいっても会わせてもらえず。

そしていつの間にか祖母の家は建て壊されていた。

伯母さんには電話をしてもつながらず、本当に所在不明となっていた。

音信不通状態である。

どうせ伯母さんと同居かその近くの老人ホームにでもいるのだろうと思っていた。

間もなく父の三回忌であるし、そのタイミングでまた連絡とるつもりだったらこんな展開である。

 

まったく実に迷惑な話である。

私にとっては良くしてもらったおばあちゃんである。

私が10歳の時に父が他に女をつくって家を出ていたこともあり、祖母は私達兄弟にはとても優しかった。

申し訳ないという気持ちが強いのだろう。

母と弟と三人で遊びにいくと食べきれないくらいのご馳走の数々であった。

海老フライにぶりの照り焼き、カニにステーキにと、魚も肉もなんでもありのスーパーなご馳走であった。

毎回が盆と正月である。

ナツオの誕生を心の底から喜んでくれ、部屋中に写真を飾ってくれていたものである。

 

そんな祖母ももういないらしい。

私には届いていないが、「ご逝去の報」があったらしい、行政書士法人曰く。

レンタを会わせることも、お見舞いにいくことも、葬儀に行くことも何もできなかった。

なんとも言えない寂しさがある。

 

さて、同封されていた遺言公正証書正本のコピーを読むと、亡き父の代わりとなる私と弟の相続は財産の10分の1らしい。

残りの全ては伯母さんに相続させるらしい。

数十万円の相続ではあるが、逆算すると遺留分に該当する額のようである。

「10分の1」という表記に一瞬驚いたが、すぐに思いだした。

祖父が亡くなってすぐに祖母が書いたというか、父がそそのかしたのであろう祖母の遺言書には全く逆のことが書いてあったのである。

父の遺品整理の際にその遺言書のコピーを見つけて、がめつい父らしいなと思っていたがそっくりそのままこっちに返ってきた。

きょうだいで同じ血が流れているようである。

世代を越えた因果応報ってやつだろうか。

私も弟も何も悪い事していないってのに。

 

さらに遺言書をよく読むと祖父と父が一緒に眠っている墓地の使用権も伯母が相続するもよう。

伯母のことだから墓からも出て行けって言ってくるだろう。

色々と考えただけでうんざりしてくる。

三回忌を前にして新たな墓地探しが始まりそうな予感。

 

悲しみに浸る暇もない。

というか、実感が全くわかない。

世代を越えたきょうだい喧嘩というか、全面戦争が始まるのか…。

 

とりあえず人事部にいって慶弔金の申請をしないと。

「すいません。いつの間にか祖母が亡くなっていたんですが…。」

どこまで信じてもらえるだろうか。

まったく考えることが多すぎて眠れないじゃないか。

 

ご注意。

お読みなって暗い気持ちにさせてしまったら申し訳ありません。

公開している以上、全てはブログネタですので優しい御心遣いやご配慮は不要です。

この人なんだか大変なことに巻き込まれてるな~。

渡る世間は鬼ばかりだな~。

ラーメン食べたくなってきちゃったよ。

と思いながら読み飛ばしていただけると幸いです。

 

 

 

 

 

七夕の夜の大流しそうめん大会。

そうめんの天の川や~。

という声が聞こえてきそうなくらいに本格的な流しそうめん大会を行った七夕の夜。

 

ママ友に「みんなで流しそうめん大会をやるからイクオ家もどうですか?」と声をかけられて参加してきた。

七夕にそうめんとはよくわかってらっしゃる。

平安時代から続く風習を現代っ子にもつないでいこうとは、食育の観点からも素晴らしい。

「台風にコロッケ」とは1,000年以上も重みが違うのである。

 

なんて難しいことは考えずに、単純に楽しそうな催しなので是非とも参加させてもらうことに。

しかし、都会で流しそうめんとは如何に?

あれか、現代科学の最先端を駆使した巨大なおもちゃの流しそうめんか?

都会っ子よろしく、マンションのパーティールームでこんなことやっちゃうのだろうか。

しかし、それも東京に生まれたナツオの定めならばいたしかたなし。

When in Rome, do as the Romans do.である。

 

と思いながらとりあえず最優先で予定をおさえる。

7月7日の18:30開始とのことであった。

繁忙期真っ最中の私であるが、繁忙期ゆえに土曜出勤がある。

当日は全てを土曜に投げ出し、流しそうめんに向けて定時退社。

 

「そうめん流さなきゃいけないんで今日は帰りますね。残りの仕事も明日の土曜出勤に流しておきますんで。」

 

これぞできるサラリーマンの真骨頂。

エスプリのきいたジョークを挨拶にスマートに退社。

もちろん根回しとして、昼食時に直属の上司を越えて部長やマネージャー達に雑談がてら報告しているので誰も止めやしない。

 

電車の中で会場を確認すると近所の居酒屋であった。

保育園仲間が常連の居酒屋であり、お店を貸し切ってやるらしい。

ワクワクしながらお店に入った瞬間にもう凄かった。

 

f:id:iqo720:20170708232446j:plain

 

コの字型のカウンターに沿って配置された竹。

これぞ流しそうめんである。

そして竹を支えるのは我ら保育園の家族がそれぞれ飲みほしたであろう空きビン。

これぞリサイクル社会の鏡である。

 

お店入った瞬間に迎えてくれる本格的な巨大流しそうめん

実は流しそうめんが初めての私。

興奮して大きな声を出してしまった。

「いやー、これはすごい!」

 

園児達もこのお店をよく利用しており、子どもにとても大らか。

今回の特別メニューもとてもよく工夫されている。

おにぎり、ゆでトウモロコシ、枝豆、唐揚げ、サラダ、そしてそうめん。

子どもの好きなものばかりじゃないか。

しかも、全てが食べやすい。

ただ、メニューを見て子ども相手だからやっつけなのかなと思ってしまったが、一緒に食べていた妻曰く、どれも素材がしっかりしていてホンモノばかりと感心していた。

シンプルなだけにごまかしがきかない。

さて、ママさん達も常連なので勝手がよくわかっている。

お店に迷惑にならないように子ども用の紙コップやお箸はこちらで持参。

互いにWin-Winの良い関係である。

 

当然ながら子ども達は流しそうめんに大興奮。

おにぎりや唐揚げを食べながらも必死にそうめんをすくっていた。

また、お友達同士でご飯を食べていることにもテンションあがりっぱなしであった。

 

しかし、ここで誤算が。

今回の企画は適当に声をかけていったら予想外に人が集まりすぎてしまったらしい。

そりゃ、流しそうめんをするなんて話を聞いたら是が非でも体験させてやりたい。

そんなわけで子ども12人、大人15人が集合。

余裕でキャパオーバー。

結局、子どもやママさん達がゆっくりと食べられるようにパパさん達は隣のお店に行くことに。

 

結果的にはこれが大成功。

長屋のような造りで隣接しているお店。

壁ごしに楽しそうな声が聞こえてくるし、興奮した子ども達は外で踊りだしている。

そんな声を壁越しに聞き、ガラス越しに眺めながらパパさん3人でゆっくりと酒を飲む。

会場にいたら子ども達に追われてろくに話もできなかったと思うと、こうして適度に子ども達を感じながら楽しく飲めるなんてこの上ない贅沢である。

つくづく保育園仲間には恵まれている。

それぞれが明らかに仕事できそうなパパさん、ママさん達ばかりなので深入りしすぎない適度な距離感が素晴らしい。

それに私にとっては年齢も職業もバラバラなパパ友たちがいなかったら、ワークライフバランスの両立に悩んで絶対にどこかでパンクしていたと思う。

今や一番気軽に、そして一番楽しく飲めるコミュニティである。

この幸福な関係性がナツオの卒園後も続きますようにと密かにお願いした七夕の夜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しいことに挑戦する楽しさ、息子のならいごとに便乗して柔術を始めることに。

四十の手習いというわけではないが、37歳を目前にして新しいことへの挑戦。

この歳になって全く未知の世界に触れることはとても刺激で、とても楽しすぎる。

まだまだできる、やれるんだという不思議な自信がわいてくる。

松坂が田臥中村憲剛が頑張り続ける限り私だって。

 

ナツオ@4歳がならいごととして通っている柔術ももう少しで丸一年。

ナツオの様子を毎週見ているうちに私の中でも欲求がふつふつとわいてきた。

 

「私もやりたい。柔術をやってみたい。」

 

柔術経験はもちろんゼロ。

柔道も中学の体育でやった程度。

格闘技経験は社会人になってからテコンドーを5年やっていたくらい。

ナツオが柔術をやるまでは、小学生くらいになったら一緒にテコンドーをやりたいなどと考えていたが、柔術を見て行くうちに柔術にひかれている自分がいた。

打撃もいいが、やはり寝技は組合えるのがいい。

子どもと思いっきり体と体でぶつかりあえるのは単純に楽しい。

きっと日本人のDNAには原っぱの上での草相撲が埋め込まれているのだろう。

 

柔術に関しては全くの素人だし、40歳を目の前にして全く新しい事にチャレンジできるのか不安はあったが、まずは体験してみることに。

一般クラスに体験参加させてもらった。

若い人が多いが意外と同年代以上もチラホラおり、「やってもいいんだよ。」という優しい空気に包まれていた大人クラス。

ナツオのならいごと選びの際に、プロ養成のようなジムは度外視していたので、殺気立った雰囲気はなく一安心。

金髪・茶髪のにーちゃん達が「ぶっ殺す!」なんて叫びながら練習しているような所だったら、素人のおっさんに何ができよう。

目指すのは最強ではなく最高である。

 

さて、初めての柔術経験であったが、感想は一言だけ。

 

めちゃめちゃ楽しい。

 

素人なので全てがわからないことだらけなのだが、この「わからないことだらけ」というのがとても新鮮で懐かしい。

新入部員時代や新入社員時代を思い出してしまう。

自分ができないだけに先輩方をスゴイと尊敬し、将来は自分もできているであろうと想像するとワクワクしてくる。

それなりに社会経験や会社経験を積んできたので、全く未知の世界に触れることが少なくなってきた。

たまたまそれが柔術であったが、対象は別のスポーツでも楽器でもなんでもいいのだ。

頭と体がつながらずにバラバラになる感覚なんて何年振りだろう。

体験して感じたのは、柔術ボルダリングにとても似ている。

力はあるにこしたことはないが、きちんと手順に沿って手や足を動かして行けば少ない力でもテコの原理や体の習性で思っていた以上に簡単に人をひっくり返したり動かせる。

ただ、頭ではわかっていても体が動いてくれないもどかしさはあるが、それがまた心地よい。

久々に味わう心地よい疲労感であった。

そして信じられないくらいに汗だくである。

 

気分的にはもう来週からでも入会したいのだが、これからまた繁忙期かつ育休取得にあたっての引き継ぎやらでなかなか時間がとりにくい。

そこで正式入会は育休取得後の9月からの予定となった。

ジムは全面マット仕様。

つまりレンタ@4ヶ月を連れていっても転がしておける。

ジムの人とも相談し、平日の日中クラスならば参加者がとても少ないので赤ちゃん連れでもOKとのこと。

前回の育休中は話す人がいないので限りなく孤独であったが、今回はこれでストレス発散と運動不足解消につながりそう。

 

さすがに今年は間に合いそうにないが、目指すは来年末、いや再来年末の大晦日@さいたまスーパーアリーナ

闘う電通マンに続くのは闘う育休マンである。

 

 

 

祖母を見舞い、母を見舞い、息子に説教される嬉しい週末。

ナツオ@4歳から頭をぐゎーんと殴られたような説教を受け、泣いてしまった。

 

94歳の祖母が腰痛をこじらせて入院したということでレンタ@4ヶ月の顔見せをかねてお見舞いにいってきた。

94歳とは言え、いまだ現役で商売をしている祖母。

最近こそおばさん達が手伝いに来ているが、基本的には一人でお店を切り盛りしていた。

お菓子屋さんを営んでいるのだが、子どもを筆頭にしたお客さんと話すこと、お金の計算をしていることで、頭も体も元気である。

しかし、そんな祖母だが腰痛が悪化してベッドから起きあがれなくなり、やむなく入院することに。

 

痛いのは腰だけであり、上半身は元気いっぱいである。

ただ、なんだかんだ言ってももう94歳。

入院を機に寝たきりになる可能性も低くはない。

まだレンタの顔を見せてなかったこともあり、お見舞いに行ってきた。

 

病室に行くとやっぱり元気な祖母。

退屈でしかたなかったのだろう。

よくしゃべる。

「申し訳ないね。」を連発しながらも、「イクオくんは最近は忙しいのかい?ちゃんとご飯食べているかい?」とひたすらしゃべり通す。

あげくのはてには、妻に向かって、「相変わらず忙しいのかい?徐々に復帰しているんだって?バリバリやってたくさんもらってるんでしょ?いくらもらっているんだい?」と失礼極まりないことまで聞いてくる始末。

まあこれだけ元気ならば大丈夫だろ。

 

そんな祖母もレンタを見ると顔をほころばせてしっかりと抱きしめる。

これは女性に備わったDNAなんだろうなと納得するくらいの表情と力強さで赤ちゃんを抱き締める。

それに応えるレンタ。

2人で見つめ合っている。

 

そしてやっぱり、祖母も母親。

娘である私の母のことをいつも気にかけている。

「私のところは別にいいからお母さんのところに行ってやりな。」

それを合図に今度は母の入居している特養へ。

 

私とナツオは月に一度は来ているのでだんだんと慣れてきたよう。

特養に入るなり、「こんにちは~。」と大声で挨拶。

というよりも、ここの施設のスタッフの方が全員明るい挨拶をしてくれるのでそれを真似しているよう。

挨拶って本当に大事だなと実感する。

特養は年配の方たちがたくさん入居されていることもあり、

かつ普段の生活では刺激も少ない事もあり、すぐに囲まれるナツオ。

照れくさそうに受け流して母の部屋へ。

まるで大物大衆役者のような風格で移動していく。

 

やっぱり母も母親。

ナツオを見るなり表情が代わり、そしてレンタを見るともっと変わる。

ナツオやレンタにたくさん話しかけ、どこにそんな力が!ってな強さでレンタを車イスの上で抱えあげる。

母の部屋で妻が授乳している様子を嬉しそうに愛おしそうに眺めている。

 

せっかく見舞いに来たので母と会話をしようとするのだが、雑誌を読んだりチラシを読んだりでなかなか会話にならない。

会話をしようとしても「わかんない」連発される。

 

「朝ごはんは何食べたの?」

「わかんない」

 

「どこかお出かけしてみたいところある?」

「わかんない」

 

終始こんな感じ。

高次脳機能障害を患っており、病気だからしかたがないのだが、ついついイライラしてしまう。

 

「せっかく、ナツオやレンタも来たんだし、もう少し会話しようとしなよ。わかんないばっかじゃわかんないよ。」

と嫌味なことを言ってしまう駄目な私。

 

「だって、わかんないだもん。」と困惑顔の母。

 

なんとかなって欲しいという願望とこの現実に更にイライラしてしまう私。

「ナツオも怒れ!ばーちゃん、ちゃんとお話しなさい!って言っちゃえ。」

大人げなさすぎる私。

 

しかし、そんな私を諭すナツオ@4歳。

 

「怒れないよ。だって、おとーさんをここまで育ててくれたんじゃん。怒っちゃダメだよ。」

 

なんだこの眩しい光は。

ナツオが眩しくて見られない。

全てが浄化されていくよう。

私の中の邪念を洗い流して行く。

 

俺の母はこんなんじゃない!という思いが強すぎてついついイライラしてしまったが、ナツオの真理をつく一言の前にはぐうの音も出ない。

「育ててもらった」という当たり前すぎる偉大な恩を忘れてしまっていた。

親となったのになんて情けない。

 

息子はどこで「育ててもらったでしょ」なんてことを学んだのだろうか。

そのような思いを持ってくれていることにとても感動してしまい、こっそりと泣いてしまった。

子育てがんばろうって気にさせてくれる一言であった。

まさか4歳児に説教されるとは。

 

それにしてもあの時のナツオの顔から溢れる光の射し方はタダものではなかった。

キン肉星の王位にのみ継承されるフェイスフラッシュではなかろうかってなくらいの眩しさ。

全てを浄化させるあの光を母にも浴びせていれば脳機能も回復していたのかな。